VTuber

最近はホロライブばっかり見ていました。
無限にコンテンツがあるので、無限に時間が取られてしまいますね。

程々にしないといけないと思います。

VTuberは最近ホロライブを見る前までは、四天王だとかそこら辺の
認識で止まっていましたね。
月ノ美兎とか猫宮ひなたとかは少し見ていましたが。

しかし程々にしないといけないと思います。

体も治していかないといけないですし。

何でも程々にしないといけないと思いますね。
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今やりたいこと

私が今やりたいことを書いていきたいと思います。

まずはゲームですが、これはやりたいのですが
ゲームに嵌ると夜更かしとかしたりして、
毎日の薬塗りが時間に間に合わなくなってしまうということがあり、
今は控えています。

でもやりたいゲームは「天穂のサクナヒメ」と、
後漫画やアニメの「無能なナナ」が面白かったので、その作者のゲームの
「車輪の国、向日葵の少女」と「G線上の魔王」もいつか
やりたいと思っています。
後ダウンロードしたフリーゲームが沢山ありますが、
その内1つ2つくらいやれたらいいなぁと思っています。

次は漫画ですが、10ヶ月くらい前に見たアニメの「極黒のブリュンヒルデ」
が面白かったので、Amazonで漫画の18巻セットを送料込みで1677円
で買いました。これから読んで行こうと思います。
一冊百円以下で安いと思います。
節約しているので漫画は基本買わないのですが、これは安いし
アニメを見て面白かったので買いました。
これから読んで行こうと思います。

後アニメは今期は「ひぐらしのなく頃に業」と「無職転生」を
見ていて、「転生したらスライムだった件」も見ようかなと
思っています。後は前期以前のアニメで面白そうなものは
沢山あるので、何か見ようと思っています。

後は儒教関係の本を何か読みたいです。

今のところはそういうところかなぁと思います。
後は適当にネットを見て何か面白そうなものがあれば
見るというところでしょうか。

以上が今やりたいものですね。
毎日時間を守りながらそれらをやって行きたいと思います。

「なぜ論語は「善」なのに、儒教は「悪」なのか」の感想

石平氏の「なぜ論語は「善」なのに、儒教は「悪」なのか」という本を
読んだので感想を書きたいと思います。

内容は、論語は善で儒教は悪、論語と儒教は全く別というものですね。
論語は「愛」を語った書物で、日常的な道徳の書、それに対し儒教は
皇帝の権威を正当化するための御用教学、身分制度を安定させるための
支配者のための学問であり、孔子の名声を悪用して全く関係のない教学を
作り上げたもの、だというものですね。

しかし私はこの主張には疑問ですね。論語の時点で徳治主義について語り、
また社会の制度としては階層秩序を重視しています。
論語以降の儒教はやはり論語をベースにしていて、色々付け加えていって
いるとは思いますが、全く別物というのは違うと思いますね。

そのため論語が善で儒教が悪なんてことはないと思います。
確かに儒教にも色々問題はあると思います。上下関係を重視していて
パワハラを生み出しやすいという面はあると思います。
それに対しては上司がちゃんと仁の心や恕(思いやり)の心、
義などを持っていればいいのだと思いますが。
西洋思想の自由・平等・人権や個人主義などの方がそういう面
についてはいいのだと思いますが、しかし儒教には儒教の良さが
あると思います。

どの思想にも良い面、悪い面はあると思いますね。
結局は使い方次第なのだと思います。
原理主義的に、書かれていること一字一句その通りにしなければいけない
というような使い方だと色々問題が起こると思います。
中国で儒教の時代に残酷なことが起こったというのは、中国人が
原理主義的な使い方をしたからなんじゃないかと思いますね。
日本では距離を置いて、使えるものだけ使うという使い方をしていた
と思います。そのため日本では中国で起こるような残酷なことは
起こっていないと思います。つまり私は儒教が悪いんじゃなくて、
原理主義的な使い方をしたことが悪いんじゃないかと思いますね。

儒教自体は、ちゃんと良い使い方をすれば私は善だと思います。
それは昔から日本人を道徳的にしてきたものだと思いますね。
しかし明治以降それは廃れて、段々と日本人の道徳レベルを
下げていったものだと思います。私はもう一度学校で、
儒教を中心に道徳をしっかり教えるようにならないと
いけないと思います。儒教だけに偏らないように、
仏教とか西洋の道徳とかも教えればいいと思いますが。

そういうわけで私は著者の主張には賛同できないように思いました。
でも儒教の歴史など色々書かれていてとても面白い本だったと思います。
次々と読んでしまう面白い本だったと思います。

大学・中庸(3)

最近「中庸」を読み終えたので、その感想を書こうと思います。

中庸というのはただ過不及のない中間という意味だけでなく、
その状況状況での最善という意味もあるのだと思います。

昔は中庸という概念はあまり好きではありませんでした。
状況によっては振り切れた方がいいものもあると思っていたからです。

でもそれはまたその状況における最善であり、それもまた中庸
なのだと思いましたね。そしてその振り切れた状況の中で、
また中庸を行っていかなければいけないのだと思いました。

どこまでも中庸ということの大事さはなくなることがないのだと
思いましたね。

ただ私の人生を見返してみると、振り切れるべきでないのに
中庸を欠いていたことも沢山あったように思うので、
これは反省しなければいけないなぁと思いました。

中庸を守って最善を選択していれば、今みたいに色んな病気に
罹ったりしていないと思います。これは反省していかなければ
いけないことだと思います。


また「中庸」では、人間の本性(=性)とは天の命ずるもの、
天理であるとされています。そしてその性に従っていくのが道であり、
その道を修得することが教えであるとされています。

聖人の場合は天理に従ってただ道を進んでいくということができますが、
一般人の場合は人欲により道から外れてしまうことがあり、
欲に負けず常に天理と共にあるようにつとめるということが
大事なのだと思います。

そして中庸とは、天理という最善を欲に負けず常に選択していく
ということなのだと思います。欲によりぶれてしまわず
常に中庸を選択するというのはとても難しいことなのだと思います。

また中庸には、中と和という概念があり、人間の感情について考えると、
感情が動き出す前のニュートラルな状態を中といい、感情が動き出した後、
それらが皆然るべき節度にぴたりと適って調和している状態を
和というとのことです。この中と和が中庸だということです。

これは天理に従っての調和、最善であるから、自分だけでなく
宇宙全体にとっての最善であるということになり、
これが自然界のあり方をも順調にする、これが極まれば
天地の存在とその運行が正しいありかたに落ち着き、
万物がその生育をとげるようになるということです。

皆が道徳的な社会であれば、調和が成り立ち、人間だけでなく
動植物に対しても思いやりを持ち、自然環境を含めた最善、中庸が
実現されていくと思います。

今世界中で行われているSDGs(持続可能な開発目標)も
そういう理念のもと行われているものだと思いますね。
道のりは長いと思いますが、これは万物を生育させるという
この考え方に通じるものだと思います。

私も調和、中庸というものを、難しいですけど
目指して行きたいと思います。


また中庸の徳の中には、外的な知が含まれるということもあると思います。
中庸を達成するためには、自分の中で内省するだけでは駄目で、
調和を達成するためには、外的な知や経験も必要になってくると思います。
そこで、大切になってくるのは誠の徳なのだと思います。

仁の徳は内的な徳、知の徳は外的な徳ですが、誠の徳は内的と外的を
結合する徳となります。心の中でまっすぐなだけ、誠実なだけでは、
それが間違っているのかもしれません。しかし本当に誠意があるのなら、
その外的な知まで獲得しようとするものなのだと思います。
誠の徳というのは客観的な正しさにまで到達する、そして実行まで
到達するものなのだと思います。これが「中庸」で「誠なる者は自ら成るなり」
と書かれていることなのだと思います。私はそのように解釈しました。

誠がなければ始まらない、中庸に対してまっすぐな気持ちで、
そしてその客観的な知を獲得するまで努力する、誠はすぐ効果が
あるものではなく少し時間は掛かるものというようなことは
書かれていたと思います。

私も「本当に」病気や様々な問題を解決しようと思っているのなら、
解決できているはずなのだと思います。解決が不可能なら
不可能だという境地に到達しているはずなのです。
この「本当に」という誠のところを大事にしていかなければ
いけないなと思いました。

そして中庸の達成も、誠の気持ちがあることが大事なのだと思います。
誠の気持ちのもと、中庸を見つけていけるようになりたいと思います。


この「中庸」の本を読んで、色々考えさせられました。
読めば読むほどどんどん新しいことに気付くというような本で、
まだまだ理解の途中なのかもしれないと思います。

特に中庸の大切さと難しさはひしひしと感じました。
これからは中庸を意識して生きていきたいなぁと思いました。

儒教は奥が深く、また「大学」もそうでしたが学ぶことも多く、
また他にも色々儒教の本を読んでいきたいなぁと思いました。

本当ためになる本だったと思います。また他の人の訳の「中庸」を
読んでみたいと思います。色々な解釈があると思うので。
また新たに気付くことがあるように思います。

本当ためになる本だったと思います。本の内容を日常生活に
生かしていきたいように思います。

社会復帰を目指す!

私の目標は社会復帰することですね。
まだまだ遠いけど、目の前のやれることを一つずつやっていきたいと思います。

色々ありますが、やっぱり今は全身の痒みをなくすために、
毎日しっかり薬を塗っていかなければいけないと思います。
また部屋の加湿にも気を付けなければいけないと思います。

腰痛は相変わらず良くならないですね。
これが私が仕事をやめた原因になったものですが。
やっぱり運動して筋肉を付けていかないといけないのかな~と思います。
でも運動をすると痛いし難しいものだと思いますが…

また昨年度の冬までは異常な寒気があったのですが、
恐らく去年2月に新型コロナに罹ってから、それがなくなりました。
昨年度までは部屋の温度が26度以下になると体が凍えていたのですが、
今は部屋の温度が18度ですが、何ともありません。
恐らく免疫が付いたんだと思います。

これは新型コロナに罹って良かったな~と思っている所です。

しかし昨年度まで免疫力が異常に下がっていたのは何だったのか、
ずっと引き籠っていたからか、それでもそこまで下がるのか、
何だか分かりません。体の痒み用のステロイド軟膏の塗り過ぎかと
思っていたのですが、それは違うのかもしれません。
何にせよ良かったと思います。

後去年2月に新型コロナに罹ってからマイナスなことはまずは胸痛ですね。
でもこれはもうずっとそうなのかと思っていたのですが、
大分軽減してきたように思います。まだ残ってはいますが。

でもこれは軽減して良かったと思います。この調子でもっともっと
軽減していけばいいなぁと思います。完全に元に戻ることはないと思いますけど。

また新型コロナに罹ったのを境に、夜間頻尿になりましたね。
毎晩夜寝て朝起きるまでの間に、4回はトイレに行きます。
偶々時期が重なったのかもしれませんが、急に変わったし、
新型コロナの影響なんじゃないかな~と思いますね。
今度泌尿器科に行ってみようかな~と思います。

新型コロナによる内臓の痛みはもうなくなりましたね。


最近の体の調子はこういう所ですね。
まぁ他にも細かいものは色々あるけど、主要なものは以上ですね。


去年は体に色々問題がある中、無理やり棚卸バイトに行ったら、
そこで新型コロナに罹ったという目に遭って、今バイトを入れるべきか
というのは悩みます。胸痛もあるし、今また新しいタイプの新型コロナが
入ってきていますし、集団免疫説というのは確かにそうだとは思いますが、
でもそれは私は薄い所で免疫を付けておくということで、濃い所に行って
一気に浴びてしまうとまたそこで罹ってしまうんじゃないかというように
思っていて(これは専門家が言っていることではなく、私個人の解釈ですが)、
また同じ失敗は出来ない、今は大人しくしておくべきなんじゃないかと思います。

後このバイトに行った後、左足が痺れて、帰りは足を引き摺りながら
帰ってきて、その後は長距離歩けなくなったというのもあり、
中々このバイトはもう行きたくないなというのもあります。
かと言って腰痛のため椅子に座る仕事も出来ないし、
中々社会復帰は難しいというか、どんどん状況が悪化して行っている
ように思います。

何だか会社で働いていたあの頃とは別人だな、もっと健康に
気を使っていれば良かったなと思います。

まぁでも状況はあんまり良くないですが、今は社会復帰を目指して、
一つ一つ目の前のやれることをやって行こうと思います。

選択肢は社会復帰を目指す、病気を治すというものしかないのだから、
やっていくしかないのだと思います。しっかりやって行こうと思います。